幸子の世界

思いのままに、人目を気にせず綴ります。好意を持ってくれる方はよかったら遊びに来てね。

HSPさんのための動画を見て、私の「強み」を5つ以上書き出してみる

昨日 YouTubeライブ配信された、長南華香さんの「HSPさんが地球で成功する方法」という動画を見ているところ。

 

必要なこととして

 

◎自分を責めない(物事にぴったりくっついてしまった自分の思考と自分の間に「隙間!」をつくる)

 

◎自分の強みを知る(「だめだ・・もっと」と職人気質のHSPさんはネガティブ由来のパワーで「もっと」を目指してしまい、がんばる方向性を間違うことがあるが、その軌道修正に必要)

 

◎現実を見極める(HSPさんはドMの脚本家。わ~っと考えを進めずに現実はどうなのか・いろんな視点から考えてみることを意識する)

 

◎イマジネーションの力で現実を創る(潜在能力もフォーカス力もとても高いHSPさんは、はっきり言って引き寄せの法則が得意♪まずは小さなことから)

 

などがあるそう。

(そして最後に、簡単にできる「思考を偏らせない?不安を少なくできる?方法」として、首と目線をテンポよく5回左右に振るってことを教えてもらった。左上を見ながら首を左に傾げ、右上を見ながら首を右に倒し・・ってセットをテンポよく5回☆)

 

 

で、2つ目のところでね

「あなたの強みを書き出してみてください。5個くらい」

と言われ

 

強み・・・強み・・・と考えてみたところ、全然すぐに1つも出てこなくてびっくりした。笑

 

 

あれ、私けっこう自己肯定感はある方だと思ってるのに!って。

親と絶縁してからの最近は特にね。

 

それに昔から、ポジティブに捉えるというか「いい見方」をすることは得意で(ただし先天的ではなく、内向的に生まれて色々失敗をして、反省して身につけたもの)、

 

自分の長所も色々見つけて明るく捉えてた記憶はあるのに、今、ここにきて全然出てこないぞ、と。笑

 

 

たしかに、最近は社会からも離れ(退職して)、コロナ渦で人とのふれあいもかなり減ってるし、なにより昨年から心身がなかなか不調だったりして好調期をはとても言えない状況だから・・

 

まさかの「だめだな~」と慢性的に思っていることもそんなに自覚しないまま(ちょっと考えれば明らかなのに)、日常的にだめだな~の感じで過ごしているような気もする・・・。

 

そんな感じなので、今不意打ちのように「自分の強みは?」って自分に投げかけたときにすぐに1つも出てこなかったのかしら

 

なんて自己分析をしつつ。

 

本題の、自分の強みについて、今書き出してみることにする。

 

気づかず慢性的にだめだな~と思っていたなら、そしてすぐ出てこないような状態になっていたならなおさら、私に必要なことな気がする☆

 

いきます。

 

【私の強み~20201・10月時点】

 

①人と仲良くなるのが上手い

 

→相手を観察して、性格や心地悪くないだろう距離感をつかんで、親し気な雰囲気で近づいて仲良くすることができる

 

 

②優しい雰囲気でだいたいの人を安心させられる

 

→これ・・自分で優しいって言う?ってところなど書き方に迷うけど笑、見た目も声も優しい優しい言われる。

中身はせっかちで大胆だったりするのにね。大体の人が私の周りの人でなく私を選んで道聞いてくること、ある笑。雰囲気だけでいうと、「癒し」と言われる。

 

 

③色々気づく。張っているアンテナが広くて人より早く気づいて、その先の答えも当たりつけてるようなことがけっこうある。頭の回転が速い。

 

 

④いろんな事態を想定するのが得意(おかげで荷物は多い・・・)。危険予知能力は高い・・・気がする

 

 

⑤行動力、けっこうあるのかも

 

→今、自分で思いついて書いてびっくりした。

というのも、最近まさに「私は行動力ないな」なんて思ったりしてたから。

 

でも、そうなんだよね。今こう書こうと思いついたのが、「インテリアなどでこれを導入したいと思ったらすぐに購入して暮らしに採用する」みたいな自分の側面を思い出したからなんだけど、私、そういうことある。

これだと思ったらすぐ行動に移すことが。

そして学生時代から「幸子って行動力あるよね(驚)」と言われてきた過去も思いだした。

 

それなのに最近「行動力ない」と無意識に自分責めていたのは、まさにのブログと本業ブログが進まないから。

 

なんで進まないかっていうと、平日子どもたちが帰ってきてからは子供たちを優先しているし、平日の空き時間は、家事や「一人で集中しないと(強迫傾向ありのため)片付かない時分にとっての整理書類や物があって、それを片づけること」をしたり、

昨年から心身が本調子でなく、無理がきかない状態になっているので、無理やりがんばると反動が来ること・自分のために意識して休養しないといけないことを身をもって知りすぎているので、必要と思ったらテレビ見るとかダラダラするとかの時間も確保するので「無理やり時間をつくってブログ!隙間時間をがんばって確保する!数分でもできたらブログ!」ということはやっていなくて、それをやっている人と比べて「行動力ない」と無意識に自分責めしてたのね。

あと、「自分には、自己流で強迫由来で整理するための時間が人よりずっと必要で、そのために使う「心」の労力もなかなかあるから、その部分が「サクサク捨てて、整理して、決めて次へいける人たち」と比べて本当に時間を労力を損してる・・・という自分責め。

 

だって、あっちのブログも、こっちのブログも、めちゃめちゃやりたいから。

特に、とにかく私の人生の仕事だ!並みの熱量で、本当はこっちのブログをやりたいという思いが強い。

なのに、そんな大事に思ってるはずのことなのに、日々のことで時間を捻出できてない・・・行動力ないな~って。

 

うん。書いてるうちに整理できてきたぞ。

それって「行動力ない」とはまた違うよね自分って思えてきたぞ。

 

ということで、本題からだいぶ話がそれたけど、やっぱり私、行動力ある方なんだと思う。学生時代から色々驚かれてたわ。

それに、思い立ったその日に家具の配置替えとかするもんだから、家族や夫にも驚かれてたわ。笑

 

 

⑥冷静

 

→これも、別に最近全然自覚していなくて、今考えていてふと出てきた。

基本、冷静なんだよね。

心屋さんでいうところの「ふーん族」は確定。

 

ただちょっと複雑で、承認欲求はめっちゃあるはずなのに、親からの育てられ方で「人に○○と思われると恥ずかしい(それは全力で避けたい)」「騒ぐのはみっともない」「感情を全力で出して自己統制できていない状態の人間なんて恥ずかしい」的な思考で(書いてみると、ひどいね笑)、

本当はオーバーリアクションしたい人なのかもしれないのに、一歩引いて冷めた?控えめな?反応をすることに長年の癖で慣れてしまっているところはあると思う。

 

でも、癖なのかもしれないけど、それが結果的にビジネスや集団の場で信頼されることにつながったり、感情に支配されすぎずに早く状況判断ができる能力につながっているところはあるように自己分析もできる・・・

 

たとえばあなたは、子どもや家族の場合は例外なんだけど、目の前で交通事故を見てしまったとしたらどうする?

 

私の場合、絶対怖がって固まるとか、まわりを気にしてまずは様子を見るとかしない。

119は一刻を争うわけだから、一番にかけよって(行動力)、119番をかける人やAEDを持ってくる人や交通整理する人をその場で指示して(そのなかのどれかをジ自分が受けたり)、とにかく感情よりも命を助ける・その場をまわす何かに徹すると思う。

HSPだから人一倍、そういう時のショックは強く、長くひきずるに決まってるんだけどね。関わって、たとえば私が心臓マッサージとかしてそれで運ばれたその人がもし亡くなったりでもしたら一生レベルで引きづりそうなんだけどね。でもその場の一瞬の行動や判断で命が助かる/助からないをわけてしまうほどの瀬戸際は、そんなこと言ってられないと思っていて、とにかく一生懸命動くと思う。れんごくさんじゃないけど限界を超えろしちゃうと思う。心の。)

 

そんなシュミレーションも時々する。

そのシュミレーションをしないことに不安を覚える。

 

でも知ってる。そんなシュミレーションをよくする人の方がするないんでしょ?この世の中。笑 

←これは人を見下してる意ではなく、そんな性格をしている私は珍しいタイプなんだろうと30年以上生きてきてようやく自己分析をいうか立ち位置把握できるようになってきたということ。

 

そんなわけで、冷静というのも、まぁ見方によるけど長所として挙げてみた。

 

 

⑦正しい日本語を使える・文章が好き。

 

って書いておいて、これまでかこれからかこのブログでなんか打ち間違い以外の日本語のミスをしていたらだいぶ恥ずかしいのだけど。

 

そうだ、親友と話していて(その親友は高校内の国語テスト常に1位保持者で楽に早稲田入った人。でもこのことはこの話にあんまり関係ない←え?)、「あいさつ・・・」と言ってしまってすかさず「そうさい・・ね」と言われたのは、この私。

あと図る測る量るあたりの漢字の使い方も、毎回あやうい。笑

 

でも概して!概してね。

正しい日本語が好きで、国語が好き。

親友の次に高校で2位を取っていたのは私(ただし時々。)

 

勉強しなくてもほぼ高得点が取れる国語のテストが楽しく、分からないとか悩むなんてことなく、昔から「言葉」が好きだった。

 

ささいな「言葉」の使い方から、細かいニュアンスを伝えられる日本語が好き。(ちなみに英語は勉強量&経験が間に合わずできない。他の言語も、よく知れば細かいニュアンスを伝えられるのかもだから、日本語が特に好きって意味じゃない。でも、言葉が好き)

 

だから、敬語の使い方がいまだに怪しい夫とか、信じられないし、ちょくちょく間違った日本語で雰囲気で押し切って意味を伝えようとしてくるから(私HSPだし理解できちゃうんだけどね)むかつく。笑

この前も、「仕事で流れ弾に当たった」ことを「ブーメランに当たった」とか愚痴ってきて、全然意味が違うじゃん。ブーメランなら自業自得じゃん。愚痴じゃないじゃん。まぁ、HSPだから伝わるんだけどね、それも(夫からしたら間違った言葉使ってるのに、結局正しく受け取ってもらえるとこ)なんかむかつくポイントね。笑

 

ちなみに「見られる食べられる」を「見れる食べれる」、「見せてもらう」を「見させてもらう」、あと悩んじゃうことを「悩ましい」とかは、もうだいぶ広く定着してきてしまったから気にならないし、夫以外の、友人が言葉ちょっと間違うくらいは「そのとき会えた友人の、私が友人を好きな長所」の方に目がいくから気にならないんだけどね。

とにかく、文章を書くのに苦を感じないこと、特にこうして自分の書きたいこと自由に書きまくれる場では、どんどん書けちゃうことは「強み」としてもいいのかもしれない。

 

(その分、こうして脱線しまくったり、とにかく毎回長くなりがちなことは「長所」を挙げる場なので脇に置いておこうと思う)

 

 

⑧観察力・分析力・直観力・共感力

 

これ・・4つとも違うじゃんって感じでその通りなんだけど。

人に興味があって、人間観察(自分含む)が好きで、その分析が当たってると言われることも多く、相談などされようものなら、それこそ長文ラインで全力で答えちゃう・・・みたいなそんな私ですよってこと。

 

娘の幼稚園でのママサークル活動にて、人に恵まれて本当にいい友達たちになれたから、転園のときに一人一人お手紙を渡して、「○○ちゃんって、実は◎○だよね。素敵だと思ってる」みたいなことを伝えていったら、「なんでわかるの!?」「よく見てる!」「全員分読みたい」と感動してもらえたりだとか。

 

ブログの方でも、感想を送る機会があって、たぶん相手の期待以上の超長文DMで感想をお伝えしたら、感動してもらって、私の感想からその記事をリライトしたらしく、そしたら1位になって、たくさん稼いでる方がいたり。(後半はその方の実力以外のなにものでもないんだけどね)

 

相手が、表面上の印象などでまわりの多くの人からよく言われる性格や印象よりも深い部分まで見えるから、響くみたい。

 

 

うん。8個書いた。

とりあえず、目標の5個は超えたし今日はここまでにしておこうかな。

 

このまま書き続けていけば、まだ何個か?何個も?書けそうなあたり、やっぱり私、最近慢性的に気持ちが落ちているとしても、自己肯定感あると思う・・毒親育ちだけど・・・(この辺、自己分析してみても複雑で、まだ上手く書ききれない部分がある36歳現在)

 

 

そして、結局こうして長くなって思うのは

「あぁもっと話題ごとに分けて自分のことを書くブログがいい気がしているのに・・!」

「私っていつもこう。一つの話題を書いてるのに、どんどんいろんなこと書いて長くなる!」

「子育てブログの方はそれでいいけど(ある程度まとまって書いてそのときの記録になるのもいいと思ってる)、この幸子の世界ブログでは、私のいろんな面を切り取ったような、その細かい一つ一つが集まって一つのブログ(私)を形成してるのを表せるようなそんなブログにしたいのに、今日だけで色んな側面あっちこっち詰めちゃった・・・これ分ければ、長さ的には何日か分になるのに、このボリュームで書いて、また○か月単位で放置してしまうんだろうか・・・もっと更新したい、記したい」

そんな、自分責め。

 

苦笑だわ。

 

そして今頭のなかでなんとなく「私の短所・だめなところ」を挙げようとしてみたら。あら驚いた。さっき出そうと頭をひねっていた「強み」とは比べ物にならないスラスラ感で3、4つ出てくる。(強みの方は1つ目出すだけど20秒くらいかかった気がする)

 

苦笑だわ。

 

やっぱり昨年からの慢性不調は、完全に私の心の方もネガネガにしてるのね。無意識に←この点が特にやばい

 

でも、「そんな、自分責め」についても、こうして書くことで認識したりするわけで、やっぱり書くの、好きだな。

すっきりするな。

 

 

5000字強、2時間か。

 

読んでくださった方、ありがとうございました。

 

夫婦は正反対とよく言うが。HSPな私と隠れアスペルガ超鈍感な夫の違い~夫と私1

よく「夫婦って正反対」「結婚相手は自分の価値観をゆるがしてくれる「神」のような存在」とかいうじゃない。

 

夫婦の性格が対象的ってよくある話だと思うの。

 

それでその部分が夫婦喧嘩の元になったりね。

 

もちろん、正反対とは言ってもいろんな正反対があるわけで。

 

私たち夫婦って正反対なのよ~とか言いながら、実は似ているところもある夫婦もいっぱいいると思う。

 

例えば、旦那さんがが潔癖&片づけるタイプで、奥さんが片づけられない人で。だけどお金の使い方の価値観は合っていて、二人ともまあまあ家で過ごすのが好きだったりね。

 

旦那さんがアクティブでキャンプとか釣り好きで、奥さんは家が好きなタイプで趣味が合わないけど、子育て感覚では喧嘩したことないとかね。

 

正反対~なんて言ってもある部分においては反対だけど、完全に真逆の夫婦がいるかっていうとそこは「正反対」って言葉の使い方・・って面はあると思う。

 

でもその「逆な部分」が大きい・多いほど、分かりあいづらい部分が増えるのは事実なわけで、その分ストレスが増えやすい面はあるわけで。

 

うちは、そのタイプだと思ってる。

 

話が合うこともあるけど・・根本的な性質が正反対なのだ。

 

 

 

私は

HSP・せっかちで心配性でどんどん先を見たいタイプ・頭の回転が速い・心配性なせいか「把握したい」人・いつもアンテナ張ってる・愛情はあるけどかなり支配的で感情的でちょっとアスペルガーでな毒親育ち・人の目を気にするしだいたい雰囲気で人がどう考えているか感じ取るタイプだから「ダサいこと・恥ずかしいこと」とか絶対したくない・内向的・マナーな常識を気にする・社交的にもなれるし第一印象得意・体力がない・よく風邪ひく・完璧主義(自分で短所と思ってる)・効率よくいきたい・計画を壊されるのがすごくストレス・基本的に穏やかで優しい

 

夫は

鈍感・超不器用・動きも私から見たらスロー・今なんの時間?ってくらい頭も行動も遅いことが多い・いつもアンテナがない・滑舌が悪い・どもりがある・でもそれを少しも問題視しないおおらかな両親に育てられたため変な劣等感がない(これは素晴らしいと思う)・マナーを知らないし知らないことが恥ずかしいことという感覚もないし教えてもすぐ忘れる・不器用だしアンテナ張ってないしで第一印象苦手・友達や社交(飲み会)は必要だけど社交の場は苦手・オドオドする・体が強くて風邪をひかない・日常動作の効率は悪い・アスペルガー傾向・相手との会話において自分の言いたいことにしか関心がないので、同じ場面で同じことを何度も始めてきかせるような尊大な口調で言うことを繰り返す・相手の言ったことを覚えるのが苦手・相手の立場を無視して自己保身のうそをつきがち(私の指導により結婚10年近くなりようやく改善傾向あり)・自分中心のマイペース思考なので、気づかれはほぼしない・基本的に穏やかで誠実

 

 

ざっと出すだけでこんな感じである。

 

 

で、すごく合わないし、私が悩む。笑

 

 

そんなわけで、これから適当なタイミングで夫と私シリーズを書いていこうと思う。

 

夫についての私の悩み

夫の性格・言動

夫と私の違い

 

などなど、書きたいことは毎日続々と溢れてくるから。

 

 

 

 

四半世紀を超えた記憶~歌詞まで覚えてたOh! My Precious!

この前、ふと入ったラーメン屋さんでね

 

かなり前の曲ではあるけど、確実に当時何度も聞いていて歌詞が頭に入り込んでる、懐かしい曲が流れてきた。

 

ものすごく不意打ちだった。

 

けど、懐かしすぎてすぐ耳が釘づけ。

 

 

歌詞の最初は

「まだ怯えてる路地裏の子猫たち~♪」っていうの。

 

 

でもその曲、雰囲気から男性ボーカルの声から歌詞から

すべて聞き覚えがありすぎて、

 

私は確実に懐かしさを感じてるんだけど

 

ラップの部分の歌詞まで

こんなに何十年ぶりにいきなり聞いても

ほぼ完全に覚えていたほど当時聞いてたっぽいのに

 

自分がどこでその曲を聞いてたのか

なんで知っているのか

 

どうもハッキリ思い出せない。

 

 

曲名も歌手名も。

 

 

なんだろ・・・

 

私、その曲の雰囲気とおぼろげな記憶から

ラーメンすすりつつなんとなくね

 

「これなんの曲だっけな?幽遊白書のオープニング曲とかだったっけな?」

なんて思ったの。

 

アニメの幽遊白書、小学生だか中学生だかのある時期に

すこし見ててひそかにハマってた覚えがあったから。

 

 

 

でも、その後気になりすぎて調べてみて

 

幽遊白書とは関係ないことが分かって驚いた。

 

 

 

え、じゃあなんの曲?

 

私なんでこんなに知ってるの?

 

 

覚えてすぎいるその歌詞から

たどり着いた曲名・歌手名は

m.c. A・T の「Oh! My Precious!」・・・とのこと。

 

 

でも、それも全然ピンとこない。

 

(最近、DA PUMP がカバーして発売したようで、たぶんその関係でラーメン屋さんで流れたんだろう。でも声・歌い方から全て私の記憶の中のその歌と一致したから、流れてたのはたぶん本家だと思う・・)

 

 

 

で、さらに調べても特に

毎週見ていたテレビ番組のテーマ曲などと判明するわけでもなく

 

なにより私の記憶として

サビだけとか一番だけとかじゃなくて

その曲の最初から最後まで歌詞に聞き覚えがあることから

 

「お父さんの歌のカセットに入ってた曲だったんだ」

と、ほぼ答えが出た。

 

 

 

私と同じくらいの年の人ならよく分かると思うけど

(1980年半ば生まれ)

 

私が小学生ぐらいのとき

 

ダウンロードどころかまだ小さいシングルCDが主流だった当時

 

流行っていたJポップのCDを借りてきて

カセットやら、出てきたてのMDやらに録音して

聴くのが普通だったと思うの。

 

 

うちでは父が、ドライブや旅行のときに車内で流すために

歌を借りてきてカセットに入れて聞くというのをやっていて

 

中学高校生になるといずれ私がそれを受け継いで(?)

自分で選曲に録音を担当するようになるんだけど

 

当時、私が小学生いっぱいぐらいまでは

完全に父が録音し、カセットの裏に曲名を書き・・・

とやっていて。

 

 

テレビとかではなくよく知っていたとなると

消去法的にその父のカセットに入っていた曲たちの1つがこの曲だったんだ

と答えが出たわけなんだけど

 

私がすぐにそうと気づかなかったのは

 

そしてそう答えが出て驚いたのは

 

父のそのカセットの曲たちは私、

すべて自分で把握していると

なぜか思い込んでいたから。

 

 

と言うのも、私「思い出大好き」な性格で。笑

 

 

子供の頃に繰り返し聞いていた曲たちって

 

その歌自体の良さのほかに

当時の思い出やノスタルジー的なものも

ぜんぶ入っているから

とても大事で。

 

カセット時代が終わったころに

父に全部もらってMDに移したんだよね。

 

我ながら暇・・いや根気のある作業をしたと思う。

 

私ってそゆとこある。

 

 

で、今でもときどき気分が合えばそのMDを聞いたりしてね。

 

 

(もうMD時代は終わったけど、うちにある機械でMDが聴けなくなるまで続けるつもり。)

 

 

 

そんなわけで

初期のカセットである「愛が生まれた日」が入っているカセットから

 

小学生後半期である、アジアの純真や謎(コナン)などの曲たちから

 

青春期のプッチモニとかね

 

とにかく、父がやっていて自分が引き継いだ

流行りの歌の録音たちは、そのもの自体も記憶も全部

 

私がだいたい全部把握しているという自覚があったの。

 

 

 

なのに、ここにきてまさかの

曲名すら把握していない、でも確実に聞き込んでいる懐かしの

当時のJポップが出てきた

 

おそらく父のカセットに入っていた曲・・・

 

ということが判明したのが

なかなか驚愕だったんだよねぇ。笑

 

 

 

そしてもう一つ感じたこと。

 

そういうわけで他の「昔聞いてたJポップ」たちは

懐かしいは言っても

これまで時々思い出したり耳にしたりしてきたわけだけど

 

今回のこの曲は、「当時」覚えるほど聞いていたのにも関わらず

私がその存在を把握しなかったことによって

完全に聞かない期間がめちゃめちゃ長くあって

 

それで完全に不意打ちで先日、

いきなり私の前にやってきた・・・

 

そんな曲は(こうなったらきっともっとあるんだろうけど)

今思い出す限りでは他にないわけで、

 

そのレア感もまた、ものすごく特別だなと。

 

感慨深いものがあるなと。ちょっと感動的だった。

 

 

歌詞を聞くほど当時は親しんでいた曲が、そんなに長い間

思い出しもせず耳にもせず時間あくこと、ある?

 

こんな曲、他にある?

 

すごい貴重な経験

 

そんなに期間あいて、でもこんなに鮮明に覚えてるって感動的だな

 

すごくない?

 

 

みたいな気持ち。

 

 

 

調べたら、m.c. A・T の「Oh! My Precious!」の発売は

1995年1月。

 

実際に父や私が聞いていたのがいつかは不明だけど

まぁ発売後のそのころだったと推測すると

 

なんと25年以上も時間があいて

突如、私の耳に入り、

 

それでいて私の頭はその歌詞やラップ部分まで

ほぼ完全一致で再生したわけで。

 

 

 

他の曲は、当時聞いていたときの思い出はが乗っているのは確かではあるけど

 

そのあと時折聞き返したという「手垢」がついてる。

 

 

でもこの曲は今回、25年間の空白をがっつりあけて

 

それでいてラーメン屋で実際に聞きながら同時に

私の頭のなかで鮮明に、ほぼ正しく再生された。

 

 

手垢ゼロじゃん。

 

なんて尊い経験なんだ

 

尊い歌(その時点の私にとって)なんだ

 

そんな気分になった。

 

 

 

それだけなんだけど。

 

そんなことを書きたくて。

 

思い出大切派の幸子が

妙に感動した出来事でした。

 

 

 

日本のホメオパシー。広報って適正あるよね 

ホメオパシーに興味を持っている。

 

 

 

まだ全然詳しくないし、ホメオパスにまではなれないと思うけど。

 

(なるための勉強をそもそも始める気がない。

でも、ホメオパスは目指さないまでも、ある程度勉強して詳しくなりたい気はある。

 

だって薄い初心者知識では、とても使いこなす=恩恵を受けるのは難しい、深く難しい複雑な世界なんだもん。

 

少なくとも今の私にはそう見える。

 

家庭で私たちができるのはセルフケアだけっていったってね、そのセルフケアすらもある程度深い知識がないと難しく感じている。

 

風邪のひきはじめにアコナイト、けがをしたらまずアーニカ、ぐらいならできるかもしれないけど、

リピートするかしないか、その後どう取るか、も初心者には分からないし

 

とりあえず入れてみたけど

「効いて改善したのか、取らなくても自然にこのスピードで回復したのか謎」

「ヒットしたか分からなさすぎる」ことが多すぎて。

 

まれに「効いた・・・かも」ってことはあるけど、それすらもある程度の知識と経験とヒットした回数を重ねないと確信をもって喜べないようなところがある)

 

 

でね今日言いたかったのは、そのホメオパシー、日本での一番?権威の方というのがいらっしゃるんだけど

 

この方、天才だと思うし、この方のおかげで生命レベル人生レベルで救われた方も多いと思うから批判する気はないんだけど

 

ホメオパシーに少し興味がある人とか、初心者とか、いわゆる外側から見ると、講義のときの話し方や内容に宗教色が強すぎる・・

全然宗教じゃないのよ、むしろ化学科学を理解して、ホメオパシーという昔から海外で普及してきた「医学」の一つの分野を日本で進化させたかなりの実力者の方だと思うんだけど・・・

 

天才って、

天才だからこそ

 

八方美人じゃない

アナウンサーのように滑舌よく親しみわく感じでしゃべる才能があるわけではない

素人にも分かりやすい構成や資料を用意できるわけじゃない

 

ってところがあるじゃない。

 

それの悪い面が出ちゃっているというか

 

がっつりその人を信じて、がっつりホメオパシーを信じて

ガッツリ勉強する意志のある人たちにしか響きにくい講演内容になってると感じた。

 

 

批判したいんじゃなくてね

 

このブログは私の日々感じたことを書く場なのでね、書かせてもらった。

 

 

もっと感情や私情に左右されず事実を淡々とお伝えしますよって話し方をする、

冷静だけど親しみやすく優しい印象を与える人が表に立って発信していけば

 

もうちょっと、日本のホメオパシー

間口の広いというか

 

知らない人も興味持って入りやすい世界になるんじゃないかなと

 

その方の動画に触れるたび、よく思ってる。天才なんだよね、きっと

 

 

天才は長としてブレインとして

あるいは技術者として全体の方向性の指導者として活躍されて

 

広報担当はさ、強く強く押して啓蒙しよう!って意志を少しも感じさせないような

 

でも事実を事実として、重要なことを分かりやすく明快な語り口で、ある意味軽く広く優しく正しく、伝えられる・・

 

そんな人を持ってきたらいいのにな

 

 

そんなことを、思った。

 

 

 

宇都宮へ電車で行くときの景色

 

 

 

東京から宇都宮へ行くときの

電車からの景色が好き。

 

 

 

たくさんの田んぼが見える景色

 

 

田んぼのそばに

ぽつんぽつんと建っている家たちとか

 

 

あと高架と、その太い柱たち

 

 

東京に比べると広めの空

 

 

(もちろん普通の住宅地もある)

 

 

 

そんな景色。

 

 

 

子どもの頃、母と弟と

上野から「快速ラビット号」などに乗って

 

宇都宮や氏家の

いとこや親戚の家に行った、

 

あのとき電車の窓から見てた景色。

 

 

すごく楽しみなワクワクした気持ちを

抱えて電車に揺られてた日の景色。

 

 

懐かしいな。

 

 

 

もう色々変わりすぎてて

 

あの頃に戻ることはないけれど。

 

 

 

年齢だけじゃなく

 

宇都宮と母の関係も

 

いとこの住む場所も

 

私と母の関係も

 

色々と、変わった。

 

 

 

懐かしいな

 

 

 

 

 

【追記】

 

そうだ、宇都宮の一つ前の駅は

「すずめのみや」だった。

 

昔、大好きないとこは宇都宮に住んでて

 

大好きな祖母は上野に住んでたんだけど

 

祖父母に会いに

母と上野に電車で行くときは

一つ前の駅が「うぐいすだに」で

 

雀宮と鶯谷

 

なんか私の頭のなかで

この2つは、響きもイメージも

とても似てる印象を持っていた

思い出が、ある。

 

 

 

 

人間はどんどん楽な方に進んでいくという

 

 

 

子どもの成長を逃さず写真におさめるため、

 

自分の目に

撮影録画機能がついてたらいいのに 

と妄想し

 

 

自分の心のなかに浮かんだ言葉が

ブログなどの文字に残す時間もないまま

過ぎ去ってしまうことを憂いては、

 

思っただけで

文字に残せる機能があったら

いいのにと考える・・・

 

 

そのうち

人間の体と機械が直接つながる

時代は来るのだろうか

 

体に機械がくっついてるような。

 

 

それは嫌だな。

 

 

 

 

ブログ、開設しました。ご挨拶。特別なブログになる予感☆

ブログはこれが3つ目だったりする。

 

でも、2つとも読み手のことというか「こう書くとどう思われるだろう」を良くも悪くも考えているブログだから

 

こうして、完全に、自分の書きたいときに書きたいことを書く場所を求めてた。

 

 

ずっとずっと求めてたわ。前からこの「幸子の世界」ブログの構想はあったの。

いつか絶対作るぞって。

 

ずっとといっても、「幸子の世界」ってタイトルのブログを思いついたのは去年、2020だったかな。

 

 

 

とにかく、思いついてからは夢見て妄想していたものの、本業?のブログさえ軌道に乗ってないから、本業のブログさえ満足に書く時間の余裕のない毎日だからと先送りにしてて、書きたいことを毎日思いついては、書けずに過ごしてた。

もったいないね。

 

 

 

あ、よく考えたらブログ、4つ目だ。

 

幻の2つ目のブログをライブドアブログで作って、似たように「とりあえず自分のためだけに吐き出す」みたいにやり始めたけど、なんか感覚的すぎて途絶えてしまった・・

 

 

 

このブログはね、核である「気にせず書きたいことを自由に書く!」ということのほかに、幻のライブドアブログと違うところとして、

 

私を作っている、

 

毒親育ち とか

HSP とか

夫との関係 とか

 

わりと重いテーマでも、時にがっつり記して言語化していきたいなと思ってる。

 

 

でも時には

そのほか生活のなかでふと思ったこと とか

もやもやしたこと とか

感動したこと とか

 

日記のようなことも書いてく。

 

長文も、短いものも書いてく。

 

カテゴリ関係なく書いてく。

 

たくさんのたくさんの種類が複雑に合わさったものが

私(一人の人間)であるように

 

テーマが無数に振れながら、書いていく。

 

 

口調もね、敬語じゃなくてこんな感じで。

自分語りだもんね。笑

 

 

大切な場所になること、期待いっぱいで開設しました。

 

 

幸子といいます。

よろしくお願いします。

(今回は特別に、最後だけ皆さまにむけてご挨拶。)

 

【追記】

このブログと、あと併せて更新していくTwitterに頂いたコメントは、全て読ませていただきますが、お返事(リプ)はお休みさせていただきます。それでも良いという方でもし好意的なコメントを頂けましたら、大変ありがたく読ませていただきます。